撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「じゃ、お疲れっ! みのりちゃん、また近いうち会おう!」
「すいません、つぼっちさんまた結構酔っぱらっちゃってるから、僕送っていくので。みのりさん、また」

 駅前のロータリーにあるタクシー乗り場の前で、完全に出来上がったつぼっちさんを支える伊織くんが私に頭を下げる。

「お疲れさまでした!」

 私はふたりが乗ったタクシーが遠ざかるまで頭を下げると、ふうっと息を吐いた。
 伊織くんは本当に面倒見のいい子だな。つぼっちさんもいつもああいう後輩がそばにいると安心だろう。
 楽しい時間が終わってひとりになると、頭に過るのはこの場にいなかったふたりのことだ。
 恵里菜さんはヤナさんに告白したのかな。ヤナさんは何て返事をしたんだろう。
 仮にお付き合いしましょうなんて話になっていたとしたら、五人で打ち上げするときに、それを報告されたりする?
 そのとき私は、どんな風にリアクションしたらいいんだろう。
 ちゃんとよろこぶふりができるだろうか――
 頭に思い描くと胸が苦しくなって泣きたくなるのは、お酒のせいなんかじゃない。
 想像のなかのヤナさんの優しい手が、恵里菜さんの頭をそっと撫でる。微笑む恵里菜さん。
 あぁ、こんな人通りの多い場所で泣いたりしたら変に思われてしまうのに、視界がぼやける。私は堪らず立ち止まった。

 ……私、何してるんだろう?
 いまさら後悔したって遅すぎる。
 泣くほどヤナさんのことが好きで取られたくないと思うなら、恵里菜さんに遠慮なんてせず、素直にそれを伝えればよかったんだ。
 黙って身を引くよりも、当たって砕けるほうがまだ納得できた。
 恵里菜さんの片想い期間の長さに怯、い、決断することができなかった自分が恨めしい。
 眦に浮かんだ滴を拭っていると、コートのポケットに入れているスマホが鳴った。
 着信を知らせる短いメロディ。ディスプレイには、『柳田修哉』――ヤナさんの名前が表示されている。私はすぐに電話に出た。

「みのりちゃん? まだ打ち上げしてる?」
「いえ、今解散してふたりと別れたところです」
「つぼっちさん、また潰れなかった?」
「潰れてはいなかったですけど、結構ベロベロだったので伊織くんが送ってくれました」
「相変わらずだね」

 ヤナさんが喉を鳴らして笑う。
 電話口の彼はいつも通り、明るくて穏やかな口調だった。
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