撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「てことは、みのりちゃんはまだ近くにいるんだよね?」
「はい」
「遅い時間に悪いんだけど、今から少し会えない?」
「えっ?」

 思わず大きな声が出た。

「長く時間は取らせないから。少しだけ、俺に時間をくれないかな」
「わ、わかりました。大丈夫です」

 戸惑いつつも、ヤナさんからの誘いを断る選択肢はなかった。

「ありがとう。今どの辺?」
「駅のタクシー乗り場の近くです」
「そっちに行くから、待ってて」

 短いやり取りを交わしたあと、通話が切れた。
 コートにスマホをしまってから、気持ちがソワソワと落ち着かなくなる。
 ヤナさんからこんな風に誘いの電話が来るなんて初めてで、びっくりした。
 だいたい、恵里菜さんと一緒にいたはずじゃ?
 もしかして彼女を連れてやってくるのだろうか。
 何のために? 付き合うことになりましたっていう報告……?
 ……やっぱり私の恋は、気持ちを伝えられないまま終わりを迎えてしまうのか。
 ――ダメだ。これからヤナさんと会うっていうのに、また泣いてしまいそう……。

「お待たせ」
「ヤナさん……」

 肩をぽんと叩かれて後ろを振り返ると、私が恋してやまない人がそこにいた。
 下瞼に溢れ、こぼれてしまいそうなものを急いで拭って、彼の左右や後ろに視線を滑らせる。
 ――他には誰もいない。

「どうしたの、きょろきょろして」
「いえ……恵里菜さんと一緒じゃなかったんですか?」
「ああ、さっきまでね」

 ちょっと迷って問うてみると、ヤナさんがあっさり肯定する。
 彼は私を乗り場から少し離れたところに促すと、ロータリーに沿って設けられたガードレールに背を預けた。彼に倣い、私もそのとなりに移動して寄りかかる。

「それより、ごめんね。帰るところだったのに。でも、どうしても今日中に伝えたくて」

 ヤナさんがこちらを向いたのがわかった。顔を上げ、彼のほうへ身体を向けて視線を合わせる。

「俺、みのりちゃんのことが好きだ」
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