撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
 思いもよらない台詞が放たれた瞬間、雑踏の音が遠のいて、ヤナさんの声だけが際立って聞こえるようになる。

「……意外だった? 自分では、わかりやすくしてたつもりなんだけどな」

 私の顔を見て噴き出すヤナさんの反応で、半開きになっていた口を慌てて閉じた。

「連絡を取ろうと思えばいつでも取れるんだろうけど、撮影が終わったらもう当たり前のようには会えなくなるんだなって思ったら……言わずにはいられなかったんだ」

 私を見つめる彼の瞳が優しく細められる。
 
「……それだけ。時間取らせてごめんね。ありがとう」

 彼は踵を返すと、ひらりと手を振って駅の改札の方向に向かって歩き出す。
 ……えっ、帰っちゃうの?

「ちょっと待ってください! 言い逃げなんてずるいです」

 慌てて彼を引き留めようと、声を張り上げる。
 ヤナさんがもう一度こちらを振り返った。
 ――もうなりふりなんて構っていられなかった。
 この場で伝えなければ、私はこの先ずっとそうしなかった自分を恨むだろう。

「私だって……私だってヤナさんのこと好きです!」

 一年分の想いを、これ以上ないくらいストレートに彼にぶつける。
 周囲の何人かがこちらを振り返ったような気がしたけど、気にならなかった。
 今は、泉のように湧き出る想いを伝えることが何よりも大切であるように思えたから。

「けど、ヤナさんは恵里菜さんが好きなのかもって思ったから、言い出せなかったです。打ち上げしないでふたりで帰るくらい親密なら、もう敵わないなって。……今日、恵里菜さんに告白されたんですよね?」
「どうしてそれを?」

 ヤナさんが瞠目して訊ねる。

「恵里菜さん本人に教えてもらったんです。この番組の撮影が終わったら、ずっと好きだったことを伝えるって」
「そうだったんだ」

 微かに頷いてから、彼は少し考え込むような仕草をした。
 それから私のとなりに戻ってくると、控えめに口を開く。

「……恵里菜に誰にも言えない相談があるって切羽詰まった顔で言われたから、事務所の後輩だし聞いてあげたいと思ったんだ。何か深刻な悩みだったらって焦ったのもある。……でもまさか、好きだなんて言われるとは思ってなかったよ」

 きっと彼にとっては本当に予想外の告白だったのだろう。
 まだいまいち信じられないといった風な反応が、それを示しているように思えた。

「もちろん、好きな人がいるからって断ったよ。恵里菜は大事な仲間だけど、異性として見たことはなかったし」
「その好きな人が私、ってことで、あってますよね……?」

 私の問いかけに、大きく首を縦に振るヤナさん。
 ……今度こそ夢なんじゃないかと、頬をつねりたくなる。
 というか、実際につねってみたけれど、しっかり痛い。
 大好きなヤナさんが、私を好きでいてくれたなんて――歓喜のあまり、今度はうれし涙が溢れる。
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