撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
 モチベーションが上がりづらいなかでも、私のなかに光るものを見出して選んでくれた恩に報いたい。
 そう撮影に励んで三ヶ月が経ったころ、ただでさえ低いモチベーションをさらに削ぐようなできごとがあった。

 山のなかの廃工場での撮影の休憩時間が終わりかけたとき。
 アクション監督とスタッフさんが打ち合わせをしているテントの前を通りかかると、なかでの会話が漏れ聞こえてきてしまったのだ。
 内容は――私がピンクのスーツアクターに選ばれたのは、単に変身前の桃園メイ役のグラビアアイドルと背格好がよく似ていたからだ、ということ。
 頭の上に大きな岩が落とされたかと思うくらい、ショックだった。と同時に、これまでなんとか繋いできた心の糸が、ぷつりと切れる音がした。
 私はすぐにテントから離れ、撮影を行う廃工場の先にある廃屋に戻った。
 この二ヶ月、ロケでの休憩のとき、私はひとりになれる場所を探すくせがついていた。
 というのも、他のスーツアクターと距離を置きたいから。
 このときの私は、スーツアクターという仕事を一段下に見ていたのだと思う。だから群れなくてもいいように、彼らが寄らなそうな場所を見つけてそこでじっとしていたのだ。
 扉の開け放たれた廃屋に入るなり、私の両目から堰を切ったように熱いものが溢れ、頬に落ちていく。
 ――ただ背格好が似ているだけなら、私じゃなくてもよかったんだ。
 自分を選んでくれた制作側の思いに応えたいと、どうにか気持ちを保たせていたのに……もう、何のために頑張ればいいのかわからない。
 そろそろ休憩が終わる。泣き止まなきゃいけないのに、涙はあとからあとからこぼれていく。
 どうせ、現場に行けばフルフェイスのヘルメットを被ることになる。素顔の私になんて誰も興味がないのだから、気にする必要なんてないんだ。
 ヤケになってそんなことを考えていると、背後から靴音がして振り返る。
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