イケメン、お届けします。【注】返品不可
「オオガミ」

「オオカミ」

「オ・オ・ガ・ミだ!」

「オ・オ・カ・ミですね!」


以下省略。

オオカミさん(大上さん)は、大きな溜息を吐いて……折れた。


「……好きなように呼べ」

「わかりました。オオカミさん」


地味ではあるが、初の勝利を噛みしめ、エレベーターで一階へ。

エントランスを出て、駅の方向へ歩き出そうと思ったら、黒塗りの車がわたしたちの少し先で停まった。

オオカミさんは後方のドアを開けてわたしに「乗れ」と促す。

終始偉そうだが、玄関やエレベーターのドアを押さえてわたしを先に行かせたし、レディファーストは自然と身についているらしい。


「駅前のFビルまで頼む」

「かしこまりました」


彼と二人、並んで革のシートに身を落ち着けると車は静かに走り出す。


(うわ……これ、自前? それともレンタル?)


シートは革張りだし、タクシー以外で運転手付きの車に乗るなんて人生初だ。

お芝居にしては、随分と念入り。
ルミさんから破格のギャラと資金を貰ったのだろうか。


(あとで、お礼言わないと……)


運転手は、プロとわかる丁寧で無駄のない動きで車を操り、ものの十五分で駅前の商業ビルまでわたしたちを送り届けた。

わざわざ自分が先に降りてドアを開けたオオカミさんは、降り立ったわたしに命令する。


「十五階へ行け。化け終わった頃に迎えに来る」

「え?」


わたしひとりを歩道に置き去りにし、車は彼を乗せて走り去った。

ぽかーんとして見送り、一切の説明がないことに憤る。


(放置プレイかっ!)


怒りは収まらないが、言われたとおりビルの十五階へ向かう。

エレベーターを降りれば、そこは白を基調とした清潔感あふれるエステサロンだった。


「いらっしゃいませ」


CGでも使っているんじゃないかと思うほど、完璧な美しさを身にまとったスタッフに出迎えられ、ちょっと気後れしてしまう。


「あ、の……たぶんつい先ほど予約させていただいたと思うんですけれど……」


オオカミさんが電話していたのは、おそらくここだろうと当たりをつけて訊ねれば、笑顔で頷かれる。


「犬養さまですね? 大上さまよりご予約を承っております。全身マッサージとフェイシャルケアで二時間。その後階下の系列ヘアサロンにて、ヘアケアとメイクに二時間。四時間ほどのコースを予定しておりますが、よろしいでしょうか?」


オオカミさんは、ほんの数時間でわたしに「美」を手に入れろと言いたいらしい。

劇的に変身できるはずもないが、全身マッサージとフェイシャルケアなんて絶対に気持ちいいとわかっているので、素直に身を委ねることにした。


「……よろしくお願いします」


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