イケメン、お届けします。【注】返品不可
「長らく仕事がらみの会食ばかりで、むしろひとりで食べる方がせいせいすると思っていた。だが、今朝、あかりの狭い部屋で向かい合って食べた時、そうじゃないとわかったんだ。たとえ手抜きの朝食でも美味いと感じたのは、あかりがいたからだ。ダイニングテーブルで向かい合って食事をするのは、生活を共にする上で大事な習慣の一つなんだと、実感した」

「手抜きって……普段より、かなり豪華だったんですけど?」


そう言い返した声は、自分でも情けなくなるほど小さかった。


「あかりがどんな料理をしても、ふたりで食べるなら美味いと感じるだろうな」


思わせぶりなまなざしと笑みを寄越すオオカミさんを直視できず、視線をさまよわせる。
耳がじんじんして、落ち着かず、座り心地のいいはずの椅子なのに落ち着かない。

とにかく、この危うい雰囲気から逃げ出すべく、立ち上がって奥のテーブルウェアコーナーを指さした。


「テーブルウェアも見ていいですかっ!?」

「ああ」


オオカミさんは、こちらでも積極的だった。
手に取り、シリーズものの説明書きにも目を通していたが、大小さまざまなデザインのお茶碗が並ぶ棚を前にして、首を傾げた。


「夫婦茶碗か。どうも、個人用の食器があるという習慣に馴染めないんだが。合理的じゃないだろう?」

「そうですか? 夫婦茶碗は、ふたりの趣味が一致しないと選びづらいですけど、気に入った食器で食べるとより美味しいと感じません?」

「そう言えば、あかりのところのテーブルウェアは統一感がなかったな? こだわりがないのか?」

「ないわけじゃないですよ。独り暮らしなんで、気に入ったものをひとつずつ買っているだけで。その日の気分や料理に合わせて楽しめるし。でも、陶芸家作の高いお皿とかなんて持ってませんよ?」

「自分で創ったりしないのか? なかなか楽しいぞ?」

「オオカミさん、陶芸やるんですか?」


イケメンがドロドロになってろくろを回すなんて想像できなかった。
そもそも、いま着ているようなビシッとしたスーツ姿以外、見たことがない。


「知り合いに陶芸家がいて、体験させてもらったことがある。何とも不格好な湯呑しかできなかったのが悔しくて、しばらく通った」

「へぇ? 負けず嫌いなんですね?」

「すべてに勝たなくては気が済まないわけじゃないが、できないことにチャレンジするのは好きだ」

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