愛しの三味線侍
そう思ってスマホの画面に指を近づける。


ごめんなさい。今日は予定があって……。


そう打ち込もうとした指先が止まる。


これからの予定なんてなにもない。


本当は暇を持てまあましていて、コーヒーを飲んだ後どうするかなんて考えてもいなかった。


この誘いを断って、コーヒーを飲み終わって帰宅した後、私はまた健に心を持っていかれるんじゃないだろうか?


胸の奥にとどまって流れない濁った水。


これを一時でも忘れるためには、珍しいものを見学しに行くこともありかもしれない。


それはなんだか一弘の気持ちを利用しているようにも思えたけれど、私達は別に付き合っているわけでもない。


ただ誘いに乗ってみるだけだ。


普段なら断っていたであろう誘いに。


《舞:わかりました。すぐに向かいます》


私はそう返事をしたのだった。
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