愛しの三味線侍
「別に、誰でもないよ」


健はそう答えると、2人は寄り添うようにして居酒屋を出ていった。


誰でもないなら話しかけてこないでよ。


せっかく酔えそうだったのにすっかり酔いが覚めてしまった。


途端に白けた気分になって、おつまみの枝豆を口に運ぶ。


「あれが新しい彼女とか、ありえないでしょ」


アユミが呆れた声で言う。


きっと、私とはタイプが違いすぎるという意味だろう。


だけどそこはなんとなく理解できるところがあった。


私も、真面目な健が浮気をしていたことがトラウマになって、今度は一弘のようなちょっと奇抜な男のことが気になっている。


自分の単純さに呆れてしまう。


「もう1度連絡してみようかなぁ」


いつまでも1人でうじうじしている暇はない。


ポツリと呟いたとき、アユミが私の背後へ視線を向けて瞬きをした。


「でも、それで返事がなかったら本当に凹んじゃうかも」


考えあぐねてまたテーブルに突っ伏しそうになったとき「その必要はないかも」と、アユミに言われた。


「え?」


怪訝な顔をアユミへ向けると、アユミはクスクス笑いながら私の背後を指差した。


まさかまた健が……?
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