愛しの三味線侍
いけない。


これから友達と会うのにこんな顔は見せられない。


どうにか頭の中から健の存在をかき消して、無理やり笑顔を浮かべてみた。


口元はマフラーで隠れているから、ひとりで笑っていても不審者にはならない。


しばらく歩いて行くと駅前の居酒屋通りが見えてきた。


沢山の居酒屋が立ち並ぶこの辺りは、仕事終わりの人々で賑わっている。


今日は金曜日の夜だから、余計に人が多いみたいだ。


歩道にはすでに酔っ払っている人の姿もあった。


人波をかき分けてアユミが指定した店の中へと入っていく。


戸を開けて紺色の暖簾をくぐった瞬間「いらっしゃいませー!」と、店員さんの元気な声が聞こえてくる。


この声を聞くと1日の疲れが吹っ飛ぶから不思議だった。


私は店員にアユミの名前を伝えて、予約席へと通して貰った。


それは4人の座敷になっている席で、外とは違って落ち着いた雰囲気だ。


「タイキくん、今日は私に突き合わせちゃってごめんね」


アユミの隣に座るタイキへ向けて頭を下げる。


そのまま私はアユミの前に席に座った。


「なに言ってんだよ。友達がフラれたんだから話し聞くのは当然だろ!?」
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