さよならの向こうにある世界

 思えばこの時にはもう彼に恋をしていた。口に出して彼のことが好きだと伝えたことはないけれど、なんとなく彼にもその想いは伝わっていたような気がする。そして自惚れかもしれないけれど、きっと彼も私と同じ気持ちだったと思う。だけどお互いに、恐れていた。どちらかが、もしくはどちらもが、死んでしまうのではないかと。そしてお互いに一番恐れていたのは、自分が先に死ぬことだったと思う。残された相手を想えば想うほど、あの頃の私たちには自分の気持ちを押し殺すことを選ぶことしかできなかった。

 だから彼の移植手術が決まった日、私は心の底から喜んだし、安心した。だけどそれと同時に不安にもなったのだ。元気になった彼が遠くに行ってしまうのではないか。私のことなんて忘れてしまうのではないか。新しい世界は彼を離さないのではないか。不安で泣きじゃくる私に彼はこんな言葉をかけてくれた。

 「芽依ちゃんも必ず元気になる。そしたら一緒に世界中の人を笑顔にしよう」

 確かこれが私の中にある彼との最後の記憶だ。

 木嶋碧斗はいつだって強く、そして優しく、こんな私のことを想ってくれる、そんな人間だった。
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