さよならの向こうにある世界
まず第一に、元気がない。例えば、夕方のシフトに入っている大学生の磯村君はいつも明るく覇気のある声で挨拶をしていて、彼が店内にいるだけで店には活気が溢れる。さらにそんな彼と同い年の三浦さんは声の大きさはそうでもないけれど、丁寧な接客と彼女の極上スマイルでお客さんともすぐに打ち解けられる。そのため彼女を求める男性客は少なくなかった。私だってこれだけのキャリアを積んでいれば、常連客の買うタバコの種類や新聞の種類など、ほとんど記憶されている。それでもそれを応用しようとしないのは、これはもう仕方がない。正直そんな自分に慣れてしまっているから。
そしてもう一つ、重大な理由がある。それは、私の目には人には見えないものが見えるということ。お客さん一人を対応するにも、私には一人には見えない。その人の周りにいる色んな人を無視しながらの対応になるので大変なのだ。ちなみに小さいころから見えていた訳ではない。手術を受けてから突然見えるようになった。もしかすると、私のドナーになってくれた人がそういう人だったのかもしれないとも思ったけれど、眼球を移植した訳でもないのにそんなこと起こるものなのだろうかと少し可笑しくなり、深く考えるのはすぐにやめた。まあ結局のところは、やる気と向上心の欠如が一番の理由であることくらい私だってわかっているのだけど。