さよならの向こうにある世界

 重たい足を一歩ずつ進めた私がちょうど三浦さんの視界に入り、目が合ったタイミングだった。救世主と思わずにはいられない低音の声が私の耳に届いた。
 
「三十番、俺にくれる?」

 声の主は三十歳くらいのサラリーマンで、だいたい夜の八時頃に来店してタバコとお弁当を買っていく常連客だった。「は?」という金髪たちを無視して、
 
「三十番ください。あとこれも」

 そう言いながら救世主は幕の内弁当をカウンターの上に置いた。呆気に取られる私と、驚きながらも返事をしてタバコとお弁当をスキャンする三浦さん。そしてあからさまな苛立ちを表情筋を駆使して表現し詰め寄る金髪たち。幸か不幸か、店内には私たち以外誰もいなかった。
 
「おっさん、いい歳して順番も守れないの?」

 鬼瓦のような顔をした青年の声を聞いて、もしかすると今から殴り合いの喧嘩が勃発するかもしれないと手に汗が滲んだ。けれどサラリーマンは泰然自若の構えでまったく相手にしておらず、その姿を見ると少なくとも野球中継で観るような乱闘騒ぎにはならないことを悟る。そうと分かると安心したのか、私はふと彼の買うタバコが気になった。
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