さよならの向こうにある世界

 彼は私がここで働き始めてからずっと平日はほぼ毎日買い物に来ている。なので、もはや私たちは街中で会ったら声をかけてしまいたくなるくらいの顔見知りだ。と、私は思っている。もちろん声をかけたりなんてしないし、それ以前にお店以外で見かけたことなんて一度もない。彼くらいの常連客になると、詳細を言うことを省き、「タバコください」や「いつもの」など、そのお客さんにだけ通用する当たり前が構築される。店員と常連客の信頼関係というものだろうか、そういうものが目に見えない形で表れる。それでもこの人は必ず番号でタバコを注文するのだ。昨日も律義に「三十番ください」と頼まれた。

 しかしながら昨日の深夜便にて一部タバコがリニューアルしたため、売り場は大幅に変更された。つまり、三十番は彼が本来買うべきタバコではないのだ。三浦さんはそれに気づいているだろうか。そんなことを悶々と考えていると、ついに金髪たちが動き出した。

 「おい、おっさん。無視かよ」

 そう言って先ほど大きな声をあげた金髪がサラリーマンの胸ぐらを掴んだ。いや、正確には掴んではいなくて、掴む前にその手を取られてバランスを崩し、そのままサラリーマンの胸へ抱きつくように寄りかかった。頭の色には似合わないその光景に私は吹き出しそうになるのを必死に堪えて、日本人らしく傍観を続けた。

 「いい歳かぁ、そうだな。俺もう三十だし、確かにいい歳だよな。君は?何歳?とりあえず、やっていいことと悪いこと、考えれば分かる歳だよな?」

 まるで小学生を諭すような口調で自分の胸にいる金髪にそう言ったサラリーマンに、後光が差して見えたのはおそらく私だけではなく、三浦さんも同じだと思う。爽やかな黒い短髪に、ネクタイを少し緩めた首元、それでいて声を荒げることもなく不良たちを一刀両断するのだから、女子としては心臓にハートの矢を撃ち抜かれたのも同然だ。
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