夏は愛と青春の季節
Ⅰ
本を読むことは、世界を理解することであり、それらは私たちに色んなことを教えてくれる。
例えば、たくさん読めば読むほど人が好きになるし、愛おしくなる。
愚かさも憎しみも嫉妬も、全て丸ごと愛してしまえるような、そんな気分にだってなれる。
ページをめくると、一瞬にして私はそちらの世界へと引き込まれた。こっちの世界のことは全部置き去りにして、身ひとつで本の中に入った。
カーテンの隙間から夕日がこぼれるのも、日が落ちる寸前の赤くまぶしい光線にも気づくこともない。
すっかり本の世界にのめり込んでいると、ふと視界が揺れた。
「あの、すみません。足元にペンが転がってしまって」
中帝図書館のいちばん日当たりの良い場所、窓から中庭が見える6人がけの席のいちばん番端っこで読書に没頭していると、ふと隣から声がした。
黒縁の眼鏡をかけた、すらっと背の高い男性だった。その人はじっと私を見たあと、ハッとした様子で足元を指さす。
「あ、そこの椅子の下に……ペンが転がっていったように見えて。ないですかね?」
「えっと……」
「あ、ちょっとすみません。いいですか?」
私が退くより早く、男性は椅子の下を覗き込もうとするので、慌てで席を立った。
男性は窮屈そうに長い脚を折り曲げ、キョロキョロとあたりを見渡す。
「僕のペン僕のペン……」
「どうですか、ありました?」
「うーん、どこだろう。確かにこっちに転がっていったのがみえたんだけどな」
「そうですか……私も手伝いますよ」
机の下を覗き込み、探してみるけれどそれらしいものは見当たらない。
落し物が落ちていたらすぐに分かりそうなクリーム色の絨毯は少し汚れていて、スカートが床に擦れないように抑えながら一緒に探した。
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