夏は愛と青春の季節
その日も例外なく図書館で本を読み、夜ご飯の買い出しに近くのスーパーへ寄ることにした。
今日は充さんいなかったな、と思いながら店内を見渡す。
この時間は食材によっては売り切れのものもあって、なんというか、惰性の買い物のような空気が漂っている。
肩をしおれさせてカゴに惣菜を放りこむサラリーマン。部屋着のようなラフな格好で飲み物を箱買いする青年。
この時間帯のスーパーは生活を豊かにさせる買い物ではなく、生きるために最低限の食材を手に入れるのが目的なのだ。
そして私もその一人。
あまりいいものないなあと一周する。野菜売り場まで戻ってきた。
目についた白菜に手を伸ばそうとした時「あれ、鈴城さん?」と後ろからおずおずと伺うような声が聞こえた。
振り返ると充さんだった。
今来たばかりなのだろうか空っぽのカゴを手に下げている。
なぜか髪がしんなりとしていたので疑問に思っていると、どうやら霧雨が降っているようだった。
充さんの背後で開閉する自動扉から冷たい風が吹きこめる。
「あ、こんばんは。えっと……大学の帰りですか?」
「そうなんです。たまには自炊でもしようかなと久しぶりにスーパーに」
空のカゴをくいっと持ち上げて、でもまだ何も決まってないんですけどねと照れ笑いを浮かべる。
「いつもお弁当ですませるから、添加物の味に飽きてきちゃって」
「充さん一人暮しなんですね」
「今ちょうど、親のありがたみが身に染みているところです」
充さんなんて、馴れ馴れしく呼んでいるものの、あれ以来図書館でも会釈する程度の仲の私たち。
ボールペンとトートバッグは無事に充さんの元へ戻り「あの日は手ぶらで帰ってきたことに家に着くまで気づかなかった」と苦笑いしていたのを思い出す。
それをきっかけに話かけてくれて、徐々に話すようになったのだけれど、
私の引っ込み思案はここでも遺憾無く発揮され、図書館からの帰り道「ああ今日もうまく話せなかった」と毎度のごとく後悔している。
なんとも情けない話、人からはクールだの深窓の令嬢だの揶揄の交じった印象を持たれるのだけれど本当はただの人見知りなんです、と心の中だけで白状している。
充さんと話すときは、いつもちょっと緊張する。無意識にワンピースのレースを手先で弄んでいる、それがまさに緊張している証拠だった。
「ねえ鈴城さん。僕、気づいたことがあるんですけど、言ってもいい?」
充さんは突然そんなことを言った。
優しげな目で微笑み、次にふっと私の耳元へ近づける。何事かと構えていると、充さんはドキリとさせる言葉を落とした。
「首のとこ、タグがついてて」
えぇ!? と私は首を押さえて小さく跳ねるように後ろへ下がった。
「ああ、ごめん。そんなに驚くとは思わなかった。大丈夫、気づいてるの僕くらいだと思うから」
充さんから向けられる優しげな目はどうしようもなく真っ直ぐだ。
「僕に任せて、切ってあげるから」
私は何度か瞬きをして、こくこくと頷く。
「お願いします……」
どうやって切るんだろう。引きちぎるのかなと後ろへまわった充さんを目で追う。
トートバッグを探っている。カチャカチャと金物がぶつかる音がして、出てきたのは鍵だった。
「鍵で?」
「そう家の鍵、このギザギザのとこをタグに引っ掛けるんだよ」
「鍵、痛まないですか?」
「まあ、大丈夫でしょ。タグついたままの鈴城さんも可愛らしくていいんだけど、鈴城さん的には取ってほしいだろうし。今回は特別サービス」
そうやってさわやかに笑って、あっさりとタグを取ってくれた。
充さん、なんていい人なんだと感激してそれと同時に恥ずかしい格好でここまで歩いて来たんだなと思うと、色々恥ずかしさが込み上げてきた。