夏は愛と青春の季節
充さんは非常階段を数段のぼったところにいた。サビの目立つ手すりに凭れてタバコをふかしている。
その姿がやけに似合っていて、声をかけるのが遅れてしまうくらいだった。
「追いかけてきてくれたんだ。鈴城さん、やさしいね。そんなに僕、様子変だった?」
ゆらゆらとした足取りで下の段まで降りた充さんは、自嘲気味に笑って内ポケットから小さいケースを取り出す。そこにタバコを押し付けて火を消した。
「タバコ……吸うんですね。意外でした」
「あ、ああ。禁煙してたんだけど……ついね。え、もしかして臭い?」
「いえ、そんなことないです。でもなんだか不思議と懐かしい感じがします」
どこかで嗅いだことがあるような気がしたけれど、タバコなんて吸っている人は沢山いるからそのせいだろうか。
「へぇ懐かしい、ね。僕の兄さんもね同じ種類の吸ってたからその気持ちちょっと分かる」
充さんは目を細めてすっと遠くを眺めた。
「お兄さんがいるんですか?」
「まあ今はいないんだけどね」
「……そう、なんですね。すみません余計なこと言ってしまいました」
「大丈夫だよ気にしないで。兄さんはいなくなってしまったけど、僕に遺してくれたものがあるから、だから……それがあるから大丈夫。
さあ、そんなことよりもう昼休み終わってしまうよ?」
もう少しここで一服していくという充さんに急かされ、私はその場を後にすることになった。
教室へ戻りはっとする。一体なんのために彼を追いかけ非常階段に行ったのか、すっかり抜け落ちていた思考がいまさらながら戻ってきた。
なにも聞き出せずに何をやっているんだと自責の念にかられ、午後の授業を頭を抱えながら聞く羽目になってしまった。