夏は愛と青春の季節
仕方なく、さっきまでいた文庫コーナーまで引き返してきたが、さてどうしよう。もう閉館の音楽も流れている。
私がトートバッグとにらめっこしていたところに、中帝図書館司書の杜さんこと、杜春(モリハル)さんがカウンターからでてきた。
「遅くまで本の旅に出てたみたいね」
「あ、杜さん。こんばんは」
小さく手をふる杜さん。
つられて同じように振り返すと、杜さんは花が咲いたように笑顔になった。
「カウンターから見ててもすごい集中力。魔法にかかったみたいに、ゆずちゃんの背中から本の世界がちょっと滲み出てたわよ」
「えへへ。杜さんに教えてもらった本が面白くて」
「でしょでしょ〜!嬉しいなあ、もう読んでくれてるなんて」
彼女は控えめに笑った。
上品で優しくて、司書という仕事に憧れがある私からすれば杜さんほどぴったりな人はいないと思うくらいだけれど、実は3年前までは学校の先生をしていたらしい。
担当教科は現代文、生徒たちからは女性版夏目漱石との異名で親しまれ、私もそれをなるほどなと納得するところがあった。
「そういえば、そのカバンどうしたの?」
杜さんはこてんと、首をかしげた。
近所に私の家があり、いつもはこの身一つでやってくるので荷物を持っていること自体が珍しかったのだろう。
これからお出かけ? と不思議そうに聞いてくる。
「これ私のじゃなくて、そこに座ってた男の人の忘れ物なんです。追いかけたんですけど、もう帰ってしまったみたいで」
「あらあら、そうだったの!」
「これ、交番に持っていった方がいいですかね?」
「そうねー、まだしばらくはここにいるから、私が預かっておこうか? ここに取りに戻ってくるかもしれないものね、それでダメなら私が交番まで持っていくわ」
ありがたい申しでに感謝しながらトートバッグを渡すことにする。少年と大きな犬が寄り添うモノトーンの絵が描かれたトートバッグ。渡す時になって初めてその絵の存在に気づいた。
数十分の間、持ち主を探して一緒にいただけなのに、このカバンに愛着が湧いてしまったのか手から手へ渡る時、ちょっと手持ち無沙汰な気分になった。
「……あ、ちょっとだけ待ってください」
私は思いついて、カウンターから図書館カードの新規申請書を一枚とり、その裏にひとつ伝言を書くことに。
”探し物見つかりましたよ、カバンの中に入れています”
もしかしたら気づかずにずっと探してしまうかもしれない。大事なペンが見つかって嬉しそうにする男性を思い浮かべた。
「黒縁のメガネの背の高い男の人が、カバンを取りに来たらこのメモも一緒に渡してくれませんか?」
「もちろん、ちゃーんと渡しておく。
あ、もうこんな時間! そろそろ暗くなってくるわ、それに天気があやしいから気をつけてお帰り」