夏は愛と青春の季節






「君、またすぐこんなとこに来て、ダメじゃないか」


先生は眉に皺を寄せて、いつものセリフを吐いた。


「僕は君の友達じゃないよ」


そんなこと言いながらも、私は知っている。

さっきまで背中を丸めてカリカリと机に向かっていたにもかかわらず入口扉を開ける瞬間にその小窓から見えるのは、キュッと口角の上がる少し幼く見える微笑み。


それを見るのが毎度のちょっとした楽しみで扉を開ける前は、引手に手を添えて一度、呼吸を置く。小窓をちらりと盗みみて、スライドさせる。キュッと控えめな笑顔。


そして先生は扉が開くとその瞬間だけ先生らしくいつものセリフを吐く。



「でも、ここ落ち着くんだもん。というか、ここしか居場所がないの。悲しいことに」


私も恒例となっている返答をして、スツールに腰掛けた。



先生は大きな溜息をつきながらも、扉がしっかり閉まっていることを横目で確認したのち、備え付けの冷蔵庫から牛乳を取り出した。それをコップに移し電子レンジにかけた。



「あー、僕ってほんと鈴城に甘い。すぐに君を向かい入れる準備なんかしちゃって」

「あー、私ってほんとに先生に甘えてる」


ちらと先生をうかがうと、先生もこっちを見ていた。

「本気で思ってないのがバレバレだよ」


しょうがないなあという顔だった。先生はふいと顔をそらし、背中を向けてレンジの中でぐるぐる回るマグカップをじーっと見つめていた。

先生はとてものんびりした人だ。口調や仕草が優しい。よく相手の目を見つめる。




私は先生のそういうところが好きだった。ここに遊びに来ることが先生の仕事の邪魔になっているかもしれないというのは、分かってはいる。



けれども、教室にいたくなくて廊下をウロウロして、中庭を歩いて、結局はここに来てしまう。



私は知っている。私がここを後にすると、先生は速やかに仕事に戻る。




この前、国語準備室を後にしたあと、忘れ物に気づいて引き返すと先生は真剣な顔で机に向かっていた。邪魔してるんだろうなとは、思っていた。



申し訳なさから、ここに来るのはやめようと何度も思ったけれど、出来なかった。それはやっぱり私が先生に甘えているからだった。



「砂糖は自分で入れてね」


「ありがとう」

湯気をあげたホットミルクが私に手渡された。もうすっかり私専用になった赤い風船柄のマグカップ。


熱々のところに、砂糖を1杯すくって溶かす。


ふうふう冷ましていると、先生がどこからかスツールをもうひとつ持ってきて隣に腰を下ろした。



「昨日から新学期始まったんだから、新しく友達作るチャンスなんじゃないの? 君なら上手くやれると思うんだけどな」


「先生、痛いとこ突かないでよ……そう上手くはいかないの、小説みたいに上手くいきっこないし」


私は力なく首振る。


「ほんとにそうかなー。僕みたいな変な先生とは友達みたいになれるのに?」


覗き込むようにして訊ねられる。必要以上に優しく言われると言葉につまった。


「それとこれとは別なの」


「休み時間のたびに、ホコリ臭くて敬遠される国語準備室に遊びに来る生徒なんか、おかしいよ。でもまあ僕にとって、ここはお城なんだけどね。辞書も本もいっぱいだし」



「あーあ。先生がクラスにいて、同い年だったら良かったのに」


「残念だったね、いい年のおっさんで」


「そう? 別におっさんって歳でもないと思うけどね」


そう言うと先生は驚いた顔をする。

「26歳なんて、君らにとったら十分おっさんの枠に入るだろうに」


「ぎりぎり、お兄さん」

そりゃどうも、と先生は横を向いてククッと笑った。目尻がくしゃっと、なる。


「先生はさ、友達いる?」

「え? 僕?」

「そう、先生」

ぽかんとしている先生。
私には同い年の友達とでしか出来ないことも沢山あると、しょっちゅう説いてくるくせに、いざ自分が聞かれると目が泳いでいた。



「あ、えーと。まあいるよね、普通に」

「ほんと?」

「もちろんだよ。みんな海外に移住して連絡がとれないけど」

「ほんと?」

「……ていう、設定になってるから」

「ごめんね先生」


聞かなければよかった。
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