夏は愛と青春の季節
お互い、友達が少ないという話題から何とかそらそうと、はっきりとは言わないが明らかに話題を探しているのが可笑しかった。先生、すごく目が泳いでいたから。
それで最近はどんは本を読んだとか、現代文の教科書に載せる小説はなにがいいかとか、小説談議に花をさかせることになる。
その流れで中帝図書館の話題に移り、このごろ時々話をするようになった充さんのことが話題にのぼった。
「ああ、僕もその人見たことあるかも。最近は見てなかったけど、大きい犬のトートバッグは印象に残ってる。その人、いつも友達と勉強しに来てたよ」
「へえ、そうなんだ。私、いままで全然気づかなかったな」
そういえば、私は図書館に訪れる人にたいして全くの無関心だったと思った。
自分のような常連の利用者もいるはずだけれど、それすらも把握していない。
本を読むぞ、という気持ちで図書館に入るからか、周りが見えていなかったみたいだ。
「おそらく中帝大の学生だろうね。ほら図書館の通りにある綺麗な建物」
「あー、あるね」
「僕もあそこの大学出身なんだ」
「僕もってことは、あの彼も?」
先生は首をカクカクさせて頷く。なんだか照れくさそうだった。
それより私は、全然面識のなかった先生の方が充さんを知っているようでなんだか、ぷーっと膨れたい気分になった。
「生徒に自分の大学を言うのって変な感じがするな」
先生は私の変化にも気づかず軽く笑った。
私もその調子に合わせる。
「そう?」
「なんというか、ルーツを知られるみたいで、少しくすぐったい」
それはそうとして、と先生はコホンとひとつ咳払いして続けた。
「まあ懐かしさからか、そこを通りかかるとつい視線が向くんだよね。それで彼が出てくるとこを見たことあったから」
ふむふむとその場面を思い返しているのか先生は頷きながら話す。
それから間髪あけずに「あっ」と声を上げて興味深そうに顎に手を当てた。ニヤリと口角を上げる。
「彼は女の子にモテるみたいだね。
僕が見た時たくさんの女の子に囲まれていてさ僕からしたら憧れの状況だけど、困った顔してたね、彼は。慣れてんのかね〜」
確かに整っているとは思う。でも私がイメージしていた彼、そして先生の話す彼との差がどうしても埋まらないのだ。
図書館で大きな体躯を丸め、机の下のボールペンを探していたあの彼を思いかえす。
女の子に囲まれてちやほやされている、そんな状況が思い浮かばないほど、素朴な印象だった。
前髪とメガネで表情などもいまいち掴めなかったのもあるが、先生の言う「モテモテ」の状態がちょっと想像つかない。
私に声をかける時なんかはトートバッグを前に抱え遠慮ぎみに「鈴城さん」とひょっこりやってくる。
もしかすると、私と先生では思い浮かべてる人物がまったく違うのかもしれないと思う。