その騎士は優しい嘘をつく
 あのときの寂しそうなアンネッテの顔を忘れることができない。
 ふと、ハイナーは思い出す。彼女が最後に手渡してくれた何かがあったことに。

 あの日。
 帰ってきても、開けることができなかったそれは、床に転がっていた。
 思い出した。
「こんなもの」と乱暴に床に叩きつけたそれ。

 椅子を軋ませて立ち上がると、膝を折ってそれを拾う。

「ハイナーには赤が似合う」

 彼女はいつもそう言っていた。それは赤い服が似合うという意味ではない。赤色のイメージということのようだ。

「太陽のように、人に希望を与える人」
 アンネッテは恥ずかしそうにはにかみながら、そう言っていた。そう言われたハイナーも悪い気はしなかった。

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