その騎士は優しい嘘をつく
 その味を噛み締めながら、ハイナーは涙を流さずに泣いた。目頭が熱くなり、鼻の奥が痛くなり、鼻水が垂れてきたけれど、それでも涙は流さなかった。
 思い出したように立ち上がると、もう一度、机に向かう。
 アンネッテに伝えたい気持ちがある。下手でも、安っぽくても、なんでもいい。とにかくこの気持ちを伝えたい。
 そう思って、夢中でペンを走らせた。
 気づけば、夜も更けていた。だから、ハイナーは次の日に寝坊をしてしまった。

 彼女のために書いた手紙を事務官に渡しておこうと思っていたのに。
 遠征先からも彼女に手紙を出そうと思っていたのに。

 慌てていたため、それらを全て部屋の中に忘れて旅立った。
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