婚約破棄された私は悪役令嬢に堕ちて慰謝料としてこの国を貰いました 〜冴えない地方令嬢の復讐劇〜
 デートを途中で切り上げ、私は屋敷へ急いで戻った。帰りの道中は、トーマスに心を奪われることなく、ずっとあのカップルから聞いた話を考えながら……。

 トーマスが心配するも、私にその声はまったく届かない。今の私は……トーマスと出会う前に戻ってしまったのだから。

「セバスチャン、ゴンザレスを大至急呼びなさい」
「御意……」

 イラつく、イラつく、イラつく、イラつくわ。何よ、生理的に無理とか、その場の勢いとか。私の心はどうでもよかったのね。許せない、ホント、許せないわ。
 この苛立ちを解消するには……癒しが必要よ。そして、あの男……ミシェルへの復讐を考えないと、いけませんわ。

 私の頭にトーマスはもう存在しない。かわりにミシェルという悪魔が住みついている。

 私が闇堕ちした元凶、悪夢の婚約破棄。

 王子だからと遠慮していた。でも、王子だからといって、乙女心を踏みにじっていいはずがない。だけど、怒りに身を任せれば、我が身を滅ぼしてしまう。そこで私は、マッチョという癒しで、頭を冷やそうとした。

「お呼びでしょうか、レイチェル様」
「遅いわよ、この筋肉バカ。まずは、何も言わずに、上着をすべて脱ぎなさい。そして、自慢の筋肉とやらをレイチェルに見せるのです」
「は、はい、ただちに……」

 何を照れてるのかしら、この筋肉ダルマ。アナタは所詮、私の癒し道具にすぎないのよ。それ以上でも、それ以下でもないわ。

 一枚ずつ脱ぐ姿を私は冷たく見つめていた。
 そう、あの男はただの道具よ。私を癒すためだけの存在なの。少なくとも、今はね?

「お、終わりました。これでよろしいでしょうか、レイチェル様」
「ふんっ、遅いわよ。待たせるなって言いましたわよね? まっ、でもいいわ。寛大なこのレイチェルが、すべてを許してさしあげましょう」
「はっ、有り難き幸せであります」
「ではさっそく……。何をしてるの、このレイチェルのそばまで来なさい、なぜ、それが分からないのよっ」
「申し訳ございません。ただちに向かいます」

 これは八つ当たりね。たとえそうであっても、私の気が晴れるなら構わない。だってこの街は、すべて私のモノなんですから。

「こ、これが……鍛えあげられた肉体なのね。いい、いいわよ、最高よ。この硬さ、もぅ、レイチェルクセになっちゃう」
「あ、あの、レイチェル様。俺はどうすれば……」
「うるさいわね、今いいところなのよっ。邪魔しないでくれるかしら。大人しくそこで突っ立ていればいいのよ」
「はっ、も、申し訳ございません」

 はぁ、このさわり心地、たまりませんわ。人々が絶望した顔よりも、私の心を満たしてくれる。そうよ、これまるで戦場に咲く一輪の花よ。
 だって、疲弊した心を癒す唯一のオアシスなんですもの。思わずヨダレが出てしまいそうですね。

 ゴンザレスに夢中になること数十分。
 彼の視線に違和感を感じたことで、私の手は止まった。

「……な、何か文句でもあるのかしら、ゴンザレス。このレイチェルに言いたいことなど、ありませんわよね?」
「も、もちろんにございます。ただ、その……俺の体を触るのはいいのですが、その、なんと言いますか……」
「もぅ、じれったいわねっ! 男ならハッキリといいなさいよっ」
「はっ、頬擦りはやめていただきたく、思いまして……」

 何を言ってるの、この筋肉妄想ダルマ。
 私が頬擦りなんて……あっ、いやぁぁぁぁぁぁぁ。
 い、いつの間にこんな体勢になってるのよ。もう、信じられない。こんな姿、はしたなすぎますわ。

 私は知らずのうちに、ゴンザレスの腹筋に顔を擦り付けていた。しかも、両膝をついて……。

「……こ、これは、そうよ、アナタを試しただけよ。どこまで、耐えられるかをねっ」
「試すとはいったい何を……」
「うるさい、うるさい、うるさーーーい。もういいわ、下がってちょうだい」
「はっ、お役に立てて光栄であります」

 ふぅ、あ、危なかった、上手く誤魔化せたわよね。うん、かっと大丈夫ですわ。それにしても、どう鍛えたらあんな体になるのかしら。他の部分も気になり……って、私は何を考えてるのよ。

 未開の地へ踏み込む寸前で、私はなんとか踏みとどまった。もし、ゴンザレスの視線に気がつかなければ……。そんなことまで脳裏を掠めてしまう。
 羞恥心に襲われながらも、心が完全に癒えた私は、ミシェルへの復讐を考え始めようとした。
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