婚約破棄された私は悪役令嬢に堕ちて慰謝料としてこの国を貰いました 〜冴えない地方令嬢の復讐劇〜
 今私は馬車で街道を進んでいる。
 馬車、そうよ、狭い空間でトーマスと二人っきり。会話なんてものは……私の辞書に存在しなかった。

「……トーマス、何か面白いことでも言いなさい。発言の許可を与えてあげわますわ」
「はっ、このトーマス、ご期待に添えてみせます」

 べ、別にトーマスと話したいわけじゃないのよ。そ、そう、無言というこの状況が嫌いなだけ、なんだから。

 本当は視線を逸らしたいほど恥ずかしかった。だけど、それは負けを意味すると、勝手に理解し、私は鉄仮面のまま冷徹な視線を向けていた。

「実を言うとですね、私には心に決めた女性(ひと)がいるのです。誰にでも優しく、笑顔がステキでいつも遠くから眺めておりました」
「へ、へぇ〜、そうなんですか。まるでストーカーのようですわね」
「周りから見たらそうですね。でも、女性(ひと)は私を見ると、天使の笑顔で返してくれたのです。かといって、それ以上近づく勇気など私にはなく、気がついたときには婚約して、二度と届かない場所へ行ってしまったのですよ」
「失恋した、ということですわね。それで、未だに未練タラタラでその方を思っているのですか。ホント、男ってキモイですわ」

 何よ、好きな人いるんじゃないの。それでいて私にあんな……って、何を考えてるのよ。こんな男は、私のタイプではありませんのに。

「自分でもそう思いますよ。でも……忘れられないんですよね。あの笑顔が、私の中にずっと存在して」
「あら、その割には、このレイチェルの元へあっさり来たのね。結局、その程度ってことじゃないの」

 これじゃまるで……私が嫉妬してるみたいじゃないですかっ。もぅ、なんでこの男の前だと普段通りできないのよ。

 鉄仮面の裏で繰り広げられる葛藤。
 トーマスという存在は、なぜか私を翻弄させる。ううん、きっと私が勝手に翻弄されているだけなのよ。

「レイチェル様の仰る通りかもしれません。届かなくなったから、諦めてしまった。もし、一度離れてしまった女性(ひと)が、手の届く距離にいたのなら……私は今度こそ想いを伝えたいと、考えております」
「悪いけど、その願いは永遠に叶わないわよ。だって、アナタは……このレイチェルのモノとなったのですから。でも、そうね、今日だけは特別に、このレイチェルが、その方の代わりを務めてあげてもよくってよ?」

 ノーーーー。私はなんてことを言ってるのよ。勝手に口が動くなんて、これはもう病気よ病気。うぅ……一度口に出しちゃったら、引っ込められないじゃないのぉ。

 冷たい視線とは裏腹に、私の中で繰り広げられる熱き戦い。
 もはや、感情のコントロールが効かなくなりつつあった。

「分かりました。レイチェル様のお誘いを断るわけにはいしません。どうか、今日一日だけ、私の想い人となってください」
「仕方ありませんね、このレイチェルは寛大な心の持ち主、ですから、今日一日だけは、その想い人と思って接することを許しましょう」
「はっ、光栄の極みにございます」

 はぅ……どうしてこんなことに。で、でも、これはチャンスだと思わなければなりません。この私がトーマス如きに翻弄されていない、ううん、ボロくそにして元の私に戻るのよ。

 私の視線は相変わらず冷たい。だけど、胸の鼓動は……大きなリズムを奏で始める。それはまるで何かを期待しているようでもあった。

「では、さっそく今からそういたしますわ。今日だけは、レイチェルと呼び捨てにしなさい、これは命令よ」
「はい、レイチェル、今日は思い出に残る一日にすると、約束しますね」

 トーマスの言葉が、私を妄想の世界へと引き込んでしまう。なぜそうなったのか、自分では分からず、その世界に浸っていると……。

「な、な、な、なんで隣に座ってますの!?」
「ですから、今日一日はレイチェルが私の想い人の代わり、ですから」

 このとき、私の鉄仮面は完全に剥がれ落ちてしまった。
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