最初で最後の恋をおしえて
恋をおしえてくれませんか
「わあ。素敵な時計!」
お洒落なダイニングバーを貸し切っての歓迎会。いつも以上に女性の声が華やいでいる。
輪の中心にいるのは、羽澄大和。彼は関連会社から勉強のため、期間限定で大手住宅メーカー『如月ハウス』の港区営業所に出向してきた。
今日はその羽澄の歓迎会、という名のどちらかといえば親睦会の意味合いが強い。
整った爽やかな顔立ちに、180センチ近い高身長。仕事ができるエリートという触れ込みでやってきた彼は、28歳独身。女性が放っておくわけがなかった。
「身の丈以上だとは思ったのですが、この時計に見合う男になりたくて、視界に入る度に奮起しています」
柔らかく微笑む羽澄が言えば嫌味がなく、見惚れた女性たちのため息が漏れる。
そんな中、如月紬希は離れた席で同期の皆瀬葵衣と違う話題で盛り上がっていた。
「恋ってすごいんだから!」
「はいはい」
力説する紬希に、若干呆れ顔の葵衣。
紬希は24歳。羽澄を取り巻く女性たちと大して変わらない年齢だが、その輪には加わらず、『恋の偉大さ』について葵衣と話す方が重要だった。
会の間、脇目も振らず、散々話してもなお、紬希は言葉尻を強めて続ける。料理はコースのデザートが出てきていて、歓迎会も終盤にさしかかっていた。
「だって、恋をすると今まで見えてた世界がガラッと変わるんだよ! あっ、ごめんなさい」
上下に動かしながら話していた手が、勢いあまって近くを通った人に当たってしまった。
「いえ、大丈夫です。楽しそうですね」
「えぇ。はい」
本日の主役、羽澄本人だったにもかかわらす、紬希は軽く会釈をしただけで葵衣に向き直り、再び『恋』について語るのだった。
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