最初で最後の恋をおしえて
「ごめんなさい。昨日言うべきでした。私が恋について力説していたのは、すべて人からの受け売りなんです」
わずかに眉を動かしてから、羽澄は想像とは違う返答をする。
「驚かさないでほしいな。最初が謝りの台詞だったから、この話を改めて断られるのかと思ったよ」
これには紬希の方が驚いてしまう。
「羽澄さんも弱音を吐くんですね。意外です」
紬希の感想が羽澄には意外だったのか、笑い出した彼は、髪をかき上げて後ろに流した。
そういう仕草ひとつ取ってみても、恋をした経験がないとは思えない。
でも、そうか。恋は知らなくても、彼はモテないとはひと言も言っていない。
「如月さんは俺をなんだと思っているの?」
「えーっと。仕事ができるイケメンエリートという触れ込みです」
言われ慣れているのか、羽澄は眉をピクリとも動かさない。
「ありがたいとは思うけれど、それは周りが勝手に築き上げたイメージだ。如月さんの意見を聞きたいな」
テーブルの上にあるコーヒーカップを軽く握り、そのカップに視線を向けている羽澄の横顔を何気なく観察する。
整った顔立ちに、窓からの光が当たっている。スッと伸びた鼻梁に長いまつ毛。そこに少しだけ前髪がかかる。
シャープな顎のラインと薄い唇には、色気さえも漂っていて。
「伏せ目がちの横顔は、そうですね。美しいです」
羽澄は「ハハッ」と短く息を吐くように笑い、口元に拳を当て顔を逸らした。お陰で美しい横顔は、後ろ姿へと変わってしまった。
「前触れのない褒め言葉とは罪深いな」
「私は意見を述べたまでです。性格の良し悪しは、まだ存じ上げていませんから」
だいたい、彼の挨拶代わりの軽口となんら違いはないはずだ。
理由を聞いた羽澄は、スッと姿勢を正した。
「なるほど。肝に銘じておくよ」
穏やかな表情なのに、どこか壁を感じた。