最初で最後の恋をおしえて
彼は改めて紬希に向き直り、質問を向ける。
「で? 引き受けてくれるのかな」
これには面食らい、咳き込みそうになり息を飲む。
「先ほどお伝えした通り、私はおしえて差し上げられるほどの知識もなにも、持ち合わせていません」
「いや、昨日話していた内容を、そのまま俺におしえてくれればいい」
昨日話していた内容?
葵衣に力説していた『恋の偉大さ』。順に思い出し、羽澄に報告している自分を想像してみる。
「む、無理です。無理無理。だって、情報源は親戚の子ですよ? 小学五年生の」
真実を告げると、羽澄もさすがに目を丸くして、吹き出した。
「それはすごいな。そうか。案外そうかもしれないな」
笑いながらも、頷いている羽澄に怪訝な表情を浮かべる。すると、羽澄は続けて言った。
「なぜおしえてほしいと思ったのか、よくわかったよ。小学生ならではの純粋な恋を、自分のことのように嬉々として話す如月さんだから、聞いてみたいと思ったんだ」
どこをどう切り取ったら、その着地点に到達するのか、皆目見当もつかない。
けれど、「きっと俺が知りたいのは、そういう純粋な頃に経験しなかった気持ちなんだと思う」とまで言われたら、一度引き受けた以上、断りづらくなる。
「それに」と、羽澄は思ってもみなかった提案をする。
「如月さんもその子と、同じ経験をしたいと思わない?」
同じ、経験?
言われた言葉を頭の中で反芻してみても、意味がつかめない。
「俺と恋をしてよ」
真っ直ぐに見つめる羽澄から、そっと視線を外す。
「いえ、私は……」
そのまま紬希は黙ってしまい、しばし沈黙が訪れる。
店内は控えめに音楽が流れ、周りの話し声と混ざり合う。休日の11時頃。街も人も、どこかゆったりした時間が流れていた。