最初で最後の恋をおしえて
紬希の職場はハウスメーカーの『如月ハウス』。父は代表取締役だ。
代々世襲してきた会社で、各支店の重要ポストには『如月』の名字が名を連ねる。
跡取り息子をと望まれ、女の子を産んだ母はずいぶんつらい立場だったのではないかと推測する。
それでもひとり娘として大切に育てられた紬希は、結婚相手が決められていた。
羽澄の持ちかけた話に、つい乗ってしまったのは、自分と境遇が似ていると思ったせいもあったのかもしれない。
羽澄はといえば、材料資材メーカーからの出向。仕事のできる手腕と、どことなく醸し出される育ちの良さからして、どこかの御曹司なのだろう。
先週から同じ職場で働き始めている。紬希はインテリアコーディネーターとして、注文住宅内装のコーディネート業務。
羽澄は元々の職歴を活かし、壁紙や床材などの専門的知識を伝える立場になりそうだ。
「おはようございます」
「おはよう」
同僚と挨拶を交わし、席につく。するとひとりの人物が近づいてきて、声をかけられた。
「金曜はごめんね。途中から記憶が曖昧で」
頭をかきながら話すのは、相川だ。金曜はやはり飲み過ぎていたのだろう。温厚な雰囲気から、あの日のような恐怖は感じない。
「いいえ。二次会には間に合いましたか? 相川さんが参加されないと、皆さん残念がりますから」
あのとき、羽澄がそう言い含めて連れ帰ったのは、あながち間違いではないため、紬希も同じ対応をする。
「如月さんこそ、参加してよ」
「いえ、私は。皆さんで楽しまれてください」
社長の娘だというのは、周知の事実。そんな自分が二次会まで参加したら、周りの人たちが楽しめないだろうと考え、一次会までと決めている。
「相川さん。無理に誘ってはダメよ」
ベテランの野々山に嗜められ、相川は渋々席に戻っていく。
「如月さん。先週の資料、完成したら部長までよろしくね」
「はい。午前中には完成すると思います」
「さすがね。助かるわ」