最初で最後の恋をおしえて
パソコンを立ち上げ、荷物を足元の引き出しに仕舞う。更衣室のロッカーもあるが、着替える必要のない社員は、席の引き出しに荷物を置く人が多い。
わざわざ更衣室に行く必要はないし、鍵もあるから安心だ。更衣室は、女性社員が噂話をするために集まっているイメージがあって、苦手意識があった。
「おはようございます」
彼が出向して数日。何度か聞いただけの挨拶の声に、どうしてか過度に反応して、肩を揺らす。
周りに悟られないよう注意しながら、出社してきた羽澄に視線を向けた。
カッチリとしたスーツ姿を確認して、やっぱりラフな格好の方が親しみやすいなと思い描いて、慌てて頭に浮かんだ映像を消し去り視線を外した。
「おはようございます」
すぐ近くで声がして、目を丸くしたまま、顔を上げられない。だってこの声は、羽澄その人だ。
「如月さん? おはようございます」
「は、はい。おはようございます」
ギギギッと音がしそうな動きで、かろうじて振り返り笑顔を貼り付けて挨拶をする。
紬希はもちろん、羽澄の立場もあるのだから、社内では隠そうと伝えたのに、この不自然な挨拶はなんだろうか。少なくとも金曜以前は会話をする間柄ではないはずだ。
爽やかな表情で、にっこりと微笑んだ彼は、何食わぬ顔で紬希の元を去っていく。