最初で最後の恋をおしえて
婚約者
父と母は早々に席を外し、紬希は羽澄とふたりきりになった。「中庭を歩こう」と誘われ、状況をつかめないまま外に出る。
美しい日本庭園を並んで歩いても、気もそぞろで楽しめる余裕はない。
「俺に両親の付き添いがなくて、不思議に思わない?」
唐突に話しかけられた話題は、今の紬希にとってはどちらでもいい内容だった。
けれど、たしかに変だ。両家の親も交えて話すのが一般的だろう。
「父は早くに亡くなっている」
言葉を失い、なんと声を掛ければいいのか、言葉が出てこない。
しかし羽澄は淀みなく続ける。
「母はいるが、この場に出席するのは場違いな立場だ」
なにも言えない紬希に、羽澄は畳みかける。
「俺はきみと結婚するのにふさわしい男になることを条件に、きみの父親に支援されていた。ごめんね。俺に婚約者がいると聞いて、どこぞの御曹司かと思っただろう?」
矢継ぎ早に聞かされる情報を、処理しきれない。
ただ、逃げ出したい婚約者が自分だった事実は、紬希にだってわかった。
「ごめんなさい。父が無理を言って。逃げてくださって大丈夫です」
静かにそう告げると、手首をつかまれた。持ち上げられ、視線が絡まる。初めて羽澄を怖いと思った。
「悪いけど、婚約者の立場を降りるつもりはない。俺には叶えたい夢がある」
低い声で告げられ、震える紬希は、か細い声で言う。
「それでしたら、よろしくお願いします」