最初で最後の恋をおしえて
いい夢を見て、ふわふわした気持ちで目を開ける。
知らない部屋だった。医務室ではなさそうだ。もちろん紬希の部屋でもない。
「ここは?」
つい漏らしたひとり言に、返事があった。
「俺の自宅だ」
声がして肩を揺らし、その人物を確認して今度は息を飲んだ。
「心配しなくても、これ以上近づかない」
ベッドで眠っている紬希から、離れた椅子に座っていたのは、紛れもなく羽澄だった。彼は両手を上げ、危害を加えない意思を示した。
「どうして」
当然の困惑を、羽澄が説明していく。
「きみの、とくに父親はよくいえばさばけているね。度々驚かされる。婚約したのだから一緒に住みなさいと、ポンと鍵を渡された。だから、俺の自宅であり、きみの自宅でもある」
とんでもない経緯に、ますます目を丸くする。
「きみの父親はやはり経営者だ」
「今聞いた限り、無茶苦茶なダメ親です」
紬希の意見を聞き、羽澄は短く「ハハ」と笑う。不思議と前みたいに話ができた。優しい夢を見たお陰かもしれない。
「表向きはね。しかし本当の目的は俺の自尊心を傷つけ、支配下に置こうとしているのかと勘繰りたくなる」
初めて見た気がする。額に手を当て乾いた笑い声を出し、顔を俯かせる姿を。
「嫌なら、断ってください。このマンションも、婚約も」
胸が痛い。きっと羽澄にとって父はいい存在にはならない。そして、自分自身も。