最初で最後の恋をおしえて
随分寝たお陰で体調は良くなっていた。単に寝不足だったのかもしれない。
マンションを見て回り「少なくとも私には贅沢です」と感想を言うと、羽澄さんは驚いた表情を見せた。
「お嬢様らしからぬ発言だな」
お嬢様と呼ばれるのは好きじゃない。大抵が褒め言葉としては使われないから。それも、もう慣れてしまったけれど。
「父が贅沢を好まない性格で、私も似たのかもしれません」
羽澄は逡巡したのち、「それならきみのお父さんに我々には分不相応だと、辞退してもいいだろうか」と言った。
紬希は賛成し、豪華なマンションは今日限りとなった。
マンションを後にし、自宅まで送ると言う。断ったのだが、「倒れた人間が遠慮するものじゃない」と戒められた。
「会社でのあらぬ誤解は解いておいた。またなにかあれば、俺を頼ってほしい」
『会社での』と言われると、あの噂を思い出し、胸に重たい感情が広がる。
不意に頬に手が触れ、顔を上げると「悪い。つい」とすぐに手は離された。
「気づかなくてすまなかった。もうつらい思いはさせないつもりだ」
謝らなくてはならないのは、自分の方ではないのだろうか。けれど、なんと言えばいいのかわからない。
羽澄からは『婚約者を降りるつもりはない』と言われているし、今日に至っては改めて『恋をおしえてほしい』と言われた。
羽澄との関係を測り兼ね、返答に困る。