最初で最後の恋をおしえて
「紬希?」
名前を呼ばれ、ドキリとする。
「な、なんでしょう」
呼んでおいて、羽澄は顔を背けて言う。
「ちょっと待ってくれ。直接名前を呼ぶのは初めてで、不覚にも動揺した」
ぶわっと毛並みが逆立つみたいに、全身が熱くなる。
「ご自分で呼んだくせに、それはないです」
「だから不覚にも、と」
もごもごと返答する羽澄がなんだかおかしくて、紬希はつい悪戯心が芽生えた。顔を背けている羽澄を覗き込む。
「大和さん」
一瞬だけ絡まった視線。その目は見開かれ、それから力一杯顔を逸らされた。
顔は見えなくなったけれど、耳は真っ赤だ。
「羽澄さん、百戦錬磨なのに」
「おいおい。俺のなにを知っている」
当然の反論に「あくまでもイメージです」と付け加えておく。
「俺は恋を知らずに生きてきたと言っただろ? 言わば赤ん坊も当然だ。お手柔らかに頼む」
たまたま葵衣の比喩『赤子の手を捻るのも』を思い出し、クスクス笑う。
「なに?」
羽澄は不貞腐れた声を出す。なんだか今日は彼の初めての姿をよく見る気がした。思っていたよりもずっと、彼は親しみやすいのかもしれない。
「赤ちゃん同士なら、仲良く手遊びが出来ますでしょうか」
頭の中に疑問符を浮かべていそうな羽澄に、「こちらこそお手柔らかにお願いします。という意味です」と手を差し出す。
「ああ、改めてよろしく」
握手をした手は、紬希の手を簡単に包み込み、大きくて温かった。