最初で最後の恋をおしえて
自宅前まで送り届けられると、「俺はここで」と帰ろうとする羽澄を引き留める。
「せっかくですから、父と母に会っていってください」
仮にも婚約者だ。マンションを断る件もあるし、父と話すいい機会だ。
しかし羽澄は首を横に振った。
「今日は帰るよ」
「でも……」
なおも引き留めようとする紬希に、羽澄は重ねて言った。
「きみのご家族に好かれる自信がないんだ」
眉根を寄せる羽澄に、無理強いは出来なかった。
自宅に入ると母がいた。
「おかえり。早かったのね」
羽澄から帰る旨を伝えられていたのだろうか。紬希の顔を見て、母は呑気に微笑んだ。
「私、どうして羽澄さんと?」
母に質問するのは間違っているかもしれないが、羽澄には聞きそびれてしまったし、父に聞く気にはなれなかった。
「紬希、会社で倒れちゃったのよ。覚えていない?」
そうか。目の前が真っ暗になったあの日、倒れたんだ。
納得していると、母は仰天する続きを話す。
「それで、療養させないとってなったら、お父さんが『もう婚約したんだ。羽澄くんに任せればいい』って。もう次の日が土曜だったから良かったものの、羽澄くんも大変だったと思うわよ」
羽澄関係の父の迷走はなんだろうか。真意がつかめないまま、家に帰った安心感からだろうか、再び睡魔が紬希を襲う。
「まだ眠いから、もう少し眠ってくる」
「ええ。そうしなさい」
倒れたのが金曜日? 今は何曜日だろう。
曜日を確認するよりも先にベッドに横になり、目を閉じていた。