最初で最後の恋をおしえて

 呆然と立ち尽くす紬希の元に「ったく。謝れば許してもらえると思うなよ」とぼやく声がした。

「羽澄さん!」

 話題の張本人、羽澄が扉にもたれかかり悪態をついていた。

「数人に呼び出されているのを目撃して、心配で。軽々しくついていかず、俺に話してほしかった」

 お咎めを受け、小さく反論する。

「でも、何事もなかったです」

「まあ、ね」

 不服そうな羽澄を見つめ、さきほどの笹野の言葉が蘇る。

『羽澄さん、『俺、如月さんに恋をしてるから』って。もう私、なにも言えなくなっちゃったわ』

 その言葉には語弊がある。『恋をおしえてもらっているから』または、『小学生の恋愛ごっこをしているから』が、一番しっくりくるかもしれない。

 けれど物は言いようで、その言葉で笹野が納得してくれたのなら、意味があったのだ。

 たとえそれが嘘だとしても。

「如月さん?」

「はいっ」

 ぼんやりしていたらしい。羽澄に様子を伺うように名前を呼ばれた。

「そろそろ席に戻ろうか」

 促され、給湯室を出ようと羽澄の横を通り過ぎるとき、羽澄のつぶやきが聞こえた。

「ふたりきりだけれど、名前呼び出来なかった」

 恋を知る。それが彼の叶えたい夢なのだろうか。そうまでして知り得たとして、彼はどうするのだろう。

 彼がなにを考えているのかわからなかった。
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