最初で最後の恋をおしえて
自分の正体を明かす前に、何者でもない俺の手を取ってほしいとまで思うほどに。けれど彼女は、俺と逃げるとは言わなかった。
それならばせめて婚約者が自分だと知ったとき、彼女が喜んでくれると期待した。
そう考えた自分は浅はかだった。
『ごめんなさい。父が無理を言って。逃げてくださって大丈夫です』
この言葉で片付けられる程度の男だったのだという現実を、突きつけられただけだった。
婚約者の座から逃げてもいいと言われ、この数日の関わりでわずかでも彼女が自分に恋をしたのではないかという淡い期待は、簡単に崩れ去った。虚しかった。
甘かった自分に心底腹が立ち、タガが外れ彼女に強く当たった。
『悪いけど、婚約者の立場を降りるつもりはない。俺には叶えたい夢がある』
八つ当たりもいいところだ。
それなのに彼女は今にも泣きそうな顔をして『それでしたら、よろしくお願いします』と言った。
ますます虚しくなり、今にも涙がこぼれてしまいそうな彼女の顔を見ていられなくなった。