最初で最後の恋をおしえて
タクシーを降り、羽澄に連れられ自宅に招かれた。リビングらしい部屋に通されるとティッシュを箱ごと渡された。
「思う存分、鼻をかんで。俺は着替えてくるから」
鼻水なんて引っ込んでしまっているが、ありがたく受け取ると、彼は奥の部屋に消えた。
「あーあ。どうして現実は綺麗に泣けないんだろう」
涙だけホロリと流す女優の姿を頭の片隅に浮かべ、苦笑する。バッグからスマホを取り出し、手鏡の代わりにして顔を拭く。たいして変わり映えはしない。
すぐに戻ってきた羽澄は、紬希の状況を見て別の提案をする。
「顔を洗う? あー、クレンジングがないな。コンビニに寄れば良かったか」
「大丈夫です。このままで」
「そう」
歩み寄ってきた彼に手を引かれ、ソファに座る。ふたり並んで腰掛けると体が近い。
彼のポテンシャルなら、『これ、使って』と使いかけのクレンジングを出しそうだと想像してから、胸が痛くなった。
もう頭の中もぐちゃぐちゃだ。