最初で最後の恋をおしえて
次の日、朝起きて葵衣から掛かってきた電話に出ながら、紬希は準備を進めていた。
葵衣は感心しているみたいに言う。
「まさか紬希がOKするとは思わなかった」
昨晩の帰り際、『わかりました』と言ったときの葵衣の顔を思い出し、紬希は苦笑する。
「それは、私が一番驚いてる。でも、葵衣も止めなかったじゃない」
正義感の強い葵衣は、悪いことは悪いと注意するタイプだ。紬希が無謀な行動をしたら、止めるだろう。
なにを隠そう。今から羽澄さんとふたりで会う約束をしている。
「まぁ、ね。なんとなく、羽澄さんと接するのは、紬希にとっていい変化なんじゃないかと直感的に思ったのかな」
「だいたい」と葵衣はおかしそうに続ける。
「恋をおしえるって、初恋もまだな紬希に言うなんて」
そうなのだ。紬希自身も恋を知らずに今まで生きてきた。『恋の素晴らしさ』について力説していたのは、全て人から聞いた話であって。
「うん。私もその点は今日、きちんとお話しするつもり。それでも大丈夫ですかって。それに一晩明けて冷静になれば、馬鹿馬鹿しい頼み事をしたって気づいているかもしれないし」
クローゼットを開けた紬希は、迷わずいつも通りのブラウスにフレアスカートというオフィスカジュアルな服を選ぶ。
身支度を済ませ「じゃ行ってくるね」と葵衣に断りを入れ、通話を切った。