最初で最後の恋をおしえて

「飯でも食わない?」

 なにも聞かず歩き、しばらくして着いたのは、お洒落なバーのような外観の店の前。

「お酒、飲むんですか?」

「いや、食事だけもできる」

 彼との食事は初めてだ。小学生の恋を参考にしていたし、昨日は泣き疲れて食事どころではなかった。

「では、はい」

 そう答えると扉が開けられ、中へと進んだ。

 店員にふたりだと告げると、二人掛けのソファ席に通された。奥に座るように勧められ、次に羽澄が隣に座る。ソファはひとつだけで、向こうに座ってくださいとは言えない。

「よく来るんですか?」

 入る前の会話では、知っている店のようだった。

「まあ、たまに」

 こんなに近い席のお店に、誰と来たんだろう。モヤモヤする思いは、羽澄にはぶつけられない。

「小さいよね。手」

 言われて、自分の手を広げて観察してみる。

「ほら」と言いながら、紬希が広げている手に、羽澄は手を重ねた。

 たまに彼は、私の親戚の子かまたは相手の子と知り合いなんじゃないかと疑いたくなるときがある。

 今も、『手の大きさ比べで手が触れてドキドキした〜』という親戚の子の体験をそのまま現実のものにしていた。

 重ねた手は手の形をたしかめるみたいに、手の縁を指で軽くなぞられた。それだけで昨晩を思い出しそうで、思わず手を振り払ってしまった。

 固まった羽澄が「気に障ったのなら、謝るよ」とかろうじて言った。

「そういうわけじゃ、ないんですけど」

 自分でもどうしたいのかわからない。ただ、羽澄は全てにおいて悔しいほどにいつも通りで、自分ばかり振り回されているのが馬鹿らしくなった。

 食事はおいしいとは思うのに、味がよくわからなかった。疲れているのかもしれない。
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