最初で最後の恋をおしえて
食事を終え、駅まで歩く。すぐに着いた駅でつぶやくように言われた。
「帰したくないな」
思ってもみなかった弱々しい声色に、胸が締め付けられる。
表情も捨てられた子犬みたいに見えて、普段の何事にも動じなさそうな彼からは想像できない。
「もう少しだけ、側にいてくれないか」
いつもの羽澄からは考えられない声を聞き、気持ちが揺れる。
「少し、だけですよ」
羽澄は目を丸くした。意外な返答だったのだと知り、恥ずかしくなる。
「いえ、やっぱり帰ります」
「帰らないで。少し驚いただけだ」
紬希だって、自分が泣き落としに弱いだなんて知らなかった。
タクシーに乗り、羽澄は行き先を告げる。昨日と同じ。全くのデジャヴ。今から彼の自宅に向かう。
玄関の前まで来て、羽澄はポツリと言う。
「本当はついてきてはダメだし、流されないでほしい」
咎めるように、諭すように、羽澄は言う。けれど連れてきた張本人が言うのは、理不尽というものだ。
「だから、それは羽澄さんだから」
頭をかき回され、「昨日から試されてる気がするよ」とブツブツ言いながら、「入って」とドアを開けられた。