もう、キスだけじゃ足んない。


「いっしょにいられなくて、ごめん」

「あたしも、ごめんね……」


「ふたりの時間、作れなくてごめん、」

「あたしも……杏とふたりでいたいのに、ごめんね、」


「桃華……」

「ん?」


ドクンドクンドクン。

心臓が波打ってる。


今から言うこと、桃華に引かれないか、桃華になんて反応されるか、緊張してたまらなくて。

たぶん人生で一番緊張してる。


ぎゅっと握りしめたこぶしの内側で、じんわり汗が滲む。


「桃華のこと、ほしい、」

「えっ……?」


「桃華のこと、ぜんぶほしい」

「えっ!」


言ってる意味が伝わったんだと思う。

落ちていた涙がピタリととまって、みるみるうちに顔が真っ赤になる。


「えっ、えっと……」

「聞いて、桃華」


これはまだ、公式でも発表していない話なんだけど……。


「今度ライブをやるんだ」


「ライブ?」


「一日限りで、今まで一番規模大きくして、単独でドームでやるんだ」


「ドームで……」


今までフェスに出たり、ホールでツアーをやったことはあるけど、夢のまた夢、ドームに立ったことはない。

だから……。


「これから、もっと忙しくなる」

「え……」


「家に帰ってくる暇もないくらい、準備に追われると思う」


「いつ、やるの……?」


桃華の声がまた震えている気がする。

その手を両手で包みこんで、その揺れる瞳をじっと見つめる。


「やるのは今から2ヶ月後。
忙しくなるのはたぶん来週から」


「……」


「まだ付き合って、数日で、なに言ってんのって思われるかもしれないけど、」


たりない。

桃華がたりない。


桃華も俺も仕事してて、家にいる時間は不規則で。

そんなふたりがいっしょにいられるタイミングは、ライブが終わるまではきっと、一度もない。


「……」

「桃華……?」


ぎゅっと唇を噛みしめて、今にも落ちそうな涙をこらえてる。


ごめん、桃華。ほんとにごめん。

俺、ほんとぜんぜんかっこつかない。


中学のときも、桃華が俺のせいで苦しんでたときも、今も、ぜんぜん変わってない。

また悲しませてる。

また泣かせてる。


隣で笑っていてほしいのに、どうしてもうまくいかない。

桃華のことになると、いつも余裕がなくなる。
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