もう、キスだけじゃ足んない。
少し離れるだけでもだめ。
たかだかほんの数分だけど、それだけでもだめ。
胡桃が他の男に話しかけられてると思ったら。
他の男にかわいいって言われてると思ったら。
「もう四六時中いっしょにいたい……」
「遥……」
学校でもずっと隣にいて、胡桃に男を近づけさせたくない。
ただでさえ、男がそこまで得意じゃない胡桃。
そばにいて、守ってあげたい。
「はぁ……」
ぎゅうっと抱きしめて、胡桃のつけてる香水を胸いっぱいに吸い込む。
『普通科との合同授業も今日で終わり。
芸能科は明日から向こうの校舎に戻るように』
朝、普通科の先生から告げられた言葉。
いやだ。
こんな状態で芸能科の校舎になんて、戻りたくない。
今日は最高なことに、一日オフな俺。
俺がいないときにいつも胡桃の周りにたかる野郎どもを追い払ってくれる天草が、今日は体調不良で休みで。
もし俺もいなかったらって考えるとゾッとする。
「遥……」
「うん?」
「……」
「どうした?」
「ううん、気にしないで……」
『……』
今日はいつにも増して、一段と心の声が静かな胡桃。
隣の席だし、聞こえてくるはずの声が今日はほとんど聞こえない。
こうして抱きしめてたって、なにも……。
キーンコーンカーンコーン。
「チャイム鳴ったね……」
「そうだな……」
『……』
離したくない。離れたくない。
今にもその感情で押しつぶされそうな心に喝を入れるように、そっと体を離す。
「行こう」
「うん……」
『……』
どこか切なげに笑った胡桃の背中を追いかける。
胡桃はなにも言わないけど、俺は気づいてる。
────胡桃が俺と同じように、
寂しいって、ずっと思ってること。