もう、キスだけじゃ足んない。
***


「ごめんな、待っててもらって」

「ううん、大丈夫だよ、ぜんぜん」


放課後。

教室には胡桃と俺のふたりだけ。


「なんか、変な感じ……。
同じ教室で、遥が日直してて、私が待ってるの、中学以来だから」

『またあの頃に戻れたみたいで、うれしい……』


日誌を書く俺の正面に座って、クスクス笑う胡桃。


かわいい……俺もだよ。

あの頃はまだ付き合ってなかったから、今こうして付き合えていることがほんと、夢見てるみたいに幸せで。


「中学のときのもさ、最後に今日の感想みたいなの書く欄あったよね。遥、いっつも適当に書いてた」


「あー……そうだったかも」


みんな真面目に書いてたのに、俺はいつも天気がよかったとか、眠かったとか、行がいくつもある中で、1行しか書かなかった。


「胡桃と早く帰りたくて」


「えっ!?」


「休み時間はぜったいに胡桃と勉強したり、話したかったし、そう思って授業中に書いてたら担任に没収されたんだよな」


「そう、だったの……?」


「うん。あのときから、俺の生活の中心はぜんぶ胡桃で回ってた。とにかく一秒でも長く、いっしょにいたくて」


まあ、隙あらば話しかけようとする男どもへの牽制もあったけど。


「……」


無言。顔、真っ赤になってる……。


「し、知らなかった……」

「まあ、言わなかったし」


頬杖をついたまま、その真っ赤な頬をそっとなでれば、びくりと震えるその反応さえも愛おしい。


あの頃は、まだまだ思春期で、今ほどの余裕なくて。

とにかく胡桃にかっこいいとこ見せたいって、意識してほしいって思ってたし。


「そういえば、胡桃の話で思い出したんだけど、」


前にもこうやって、俺が日直で残ってて、胡桃が正面に座って俺のこと、待っててくれたことがあって。


「あのとき俺、無意識にさ、」


「うん……」


「今日の一言のところに、かわいいって、書いてたんだよな」


「はっ!?」

『そ、それって……』


「もちろん、胡桃のことだよ」


「ええっ!?」

『な、なに書いてるの!?』


今度はガタッと勢いよく立ち上がった胡桃がかわいすぎて、思わず笑みがこぼれる。
< 158 / 323 >

この作品をシェア

pagetop