もう、キスだけじゃ足んない。


「はる、か……」

「なに?」


「早く日誌出して帰ろう」

「先生待ってる。早く書かなきゃ……」


『……』


聞こえない。心の声が聞こえない。

ちがう。聞こえないんじゃなくて、聞こえないようにされているから。


「ねえ、遥、」


そらされた瞳は今にも泣きそうなくらい、潤んでて。

声も、震えてた……。


「胡桃」


「せっかく一日オフなんだし、早く帰ろう?
私、早く遥とイチャイチャしたい」


いつもなら涙を流すくらいうれしい胡桃の言葉。

でも今は……。


「寂しい」


「っ……!!」


「寂しいよ、俺。
離れたくない。いっしょにいたい。
胡桃は?俺とまた離れるの、寂しくねーの?」


「それ、は……っ、」


「ずっと気づいてた。
俺に寂しいとか離れたくないとか、心の中でも言わないように我慢してること、無理してること」


「っ……」


ますます胡桃の顔が苦しそうに歪む。

ごめん、そんな顔させて。

ごめん、つらいこと言わせようとして。


でも言ってほしいんだよ。

ずっと言ってほしかった。


いくら心の声が聞こえたって、いくら本心がわかるって言ったって、その気持ちさえ隠されたら。


俺は胡桃にとって、隣にいるだけの存在なのかって。

弱い部分も見せられないような頼りない彼氏なのかって思ってしまう。


胡桃の前ではいつだってかっこよくいたいのに、どうしたって、いつも余裕がなくなる。弱い部分を見せてしまう。


でも好きな子だから。


自分が、どんなに厳しいことを言われるよりも。

自分が、どんなにひどい目に遭わされるよりも。


好きな子が、俺の生きがいである胡桃が、自分の気持ち押し殺して我慢してるのを見るほうが、よっぽどつらくて苦しいから。


抱えてること、思ってること。

ぜんぶ吐き出してほしい。


どんな文句も言葉も、胡桃の言うことなら、ぜんぶ受け入れて、応えるから。
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