もう、キスだけじゃ足んない。


「一回言っちゃったら、もうとまらなくなる……っ」


もう片時も、離れられなくなる。


「胡桃……っ!」


ガタッと音を立てたイス。

グッと引き寄せられた腕。


「ごめん……っ、ごめんな。
泣かせて、我慢させて……」

「っ、ううっ……」


ぎゅうっと、強く、強く抱きしめられる。

遥のシャツを私の涙が濡らしていく。


ゆっくりゆっくりほつれていった糸。


遥の優しい言葉と表情で。


それがもう、完全にほどけてしまった。


「っ、ぅ……はるか……っ、」


本当は、ずっとずっと言いたかった。

ずっと我慢してた。


離れたくない。いっしょにいたい。

そばにいて。行かないで。

ふたりでいっしょにいたい。


遥にふれられるたび、好きだよって言われるたび。

抑えろ抑えろ抑えろ。


言っちゃだめだ。遥にだけは知られちゃだめだ。


大事な大事なお仕事があるから。

重荷になる。

こんなワガママを言ったら、遥はきっと無理をするから。


「私が、もうっ……我慢、できなくなる……っ」

「胡桃……っ」


一度言ってしまったら。一度口にしてしまったら。

一度でも心の声を聞かれてしまったら。


とまらない。

我慢できない。

抑えられない。

もう二度と戻れない。

積もりに積もった気持ちは限界を超えて、今まで以上に、遥が恋しくなる。つらくなる。苦しくなる。


離れられなくなる。

応援したいのに。

誇りを持ってやってるお仕事を、私も応援したいのに。

それさえも、できなくなる気がして……。
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