もう、キスだけじゃ足んない。
「実は日向くん、今度新曲を出すんだけど、その曲のテーマが『秘密の恋』なんだ。それにちなんでMVもドラマ仕立てにしようと思ってて」
「日向くん本人が出るのはもちろんなんだけど、その相手役を、ぜひ胡桃ちゃんにやってほしいんだ」
「え……」
「は……」
「あ?」
胡桃、清見、そして最後に俺。
「おい、遥!?」
今度は悲鳴をあげる清見。
この男今、なんつった?
「前に一回、セリフなかったけどドラマ出てくれたでしょ?そのときの姿見て、今回のヒロインに胡桃ちゃんがピッタリだと思ってね?」
「えっ、はっ、」
「胡桃」
混乱している彼女の背中をそっとなでて、ゆるく腕の中に閉じこめる。
驚くのも無理はない。
だって胡桃は女優でもモデルでも、オーディションを勝ち抜いたわけでもない、ふつうの女子高生だ。
なのに急にMVに出演、しかもヒロインをやれって言われて、普通でいられるほうがどうかしてる。
「ごめんね、驚かせちゃって!
今回俺が監督なんだけど、日向くんがどうしても相手役に指名したいって子がいるって言ってて、しかも聞いてみたら胡桃ちゃんだって言うから!もうぜひとも出てもらいたいと思ってね?」
それで打ち合わせも兼ねて、事務所に来てもらったんだ!
「ちなみに、どういった内容で……」
「お嬢様と執事が、ふたりきりの部屋で毎晩愛を育むってストーリー」
「えっ!?」
「は……」
「あ?」
ヒロインって言ったから、まさかとは思ったけど。
ふたりきり?ベッド?
それを胡桃にって、この男正気?
ビキッとこめかみに青筋が立つ。
グッと腰に手を回して引き寄せて、男を睨みつけるけど。
「なに怒ってるのかな〜、遥くん」
「───ッチ、」
くっっっそうざい。
ニヤニヤ笑うこいつにイライラがとまらない。
ただでさえ、胡桃ちゃんて呼び方にもイラついてんのに。
「それでね、執事役が日向くん、お嬢様を胡桃ちゃんにやってほしいんだけど、どうかな?ヒロイン役。やってもらえるかな」
「えっ」
みんなの視線が胡桃に集まる。
「私、は……」
「MVだからセリフもないし、この間と同じく体当たりだけだから、楽っちゃ楽だと思うけど」
楽っちゃ楽って、いくらMVとはいえ、演技しなきゃいけねーんだよ。
バッチリ顔は映るし、俺とじゃなくて、名前もついさっき知ったような男と、ベッドで……。
「胡桃」
『私が演技なんて、そんな……っ。
したことも、ないのに……』
『先輩に、迷惑かけるだけに決まってる……っ』
そっとふれた小さな背中。
聞こえてくる心の声は胸が締めつけられるくらい、震えていた。
こんなときにまで他人の心配までして。
『なにより遥以外の人とそんなこと……MVでも、したく、ない……』
ブチッ。
その瞬間。
我慢していたものが勢いよく切れた音がした。
「日向さん」
「なに?遥」
「一つ、聞いてもいいですか」