もう、キスだけじゃ足んない。
早生日向。
王煌の3年で、杏や俺と同じ事務所の先輩。
俳優としても、シンガーソングライターとしても、今ノリに乗ってる、女子に人気爆発中の人。
学校に来てる姿なんかほぼ見ない、めちゃくちゃ忙しいはずのこの人が、どうして。
「どうして胡桃なんですか。
相手役なら、他にいくらでもいますよね」
女優でもモデルでもなく、一般人の胡桃をヒロイン、しかも相手役に……。
話を聞く限りでは、前に一度会ったことがあるっぽいけど。
毎日寝る暇もないくらい忙しい日向さんと胡桃が出会うっていったら……たぶんこの間の、Mateの撮影のとき以外ありえない。
そもそも胡桃が局にいったのはあのときだけだし、どんな感じで会ったのかは知らないけど、それ以外思いつかない。
でもそれだけで?
ちょっと話したくらいの相手を、しかも一般人を相手役に選ぶか、ふつう……。
ちらりと日向さんを見れば、後輩の俺でも見たことないくらい優しい目で胡桃を見ていて……。
ドクッと心臓が音をたてる。
まさか……。
「あの、早生先輩……」
「ん?なに、胡桃ちゃん」
「私も、遥と同じ意見です……どうして、私なんでしょうか……」
おそるおそるといったその言葉に、ふっと笑った日向さんは胡桃の前まで来ると、優しくほほえんだ。
「好きだから」
「は……」
思わず出た俺の声。
「この間助けてもらったあのときに、胡桃ちゃんに一目惚れしてね」
この人が?
女子にモテてやまないこの人が一目惚れ?
「うそ、ですよね……」
『本気で、言ってるの……?』
「信じてもらえないかもしれないけど、うそじゃない。急にMVでヒロインをやってくれなんて言われて、困らせてるのもわかってる。でも……」
そうまでしても、もう一度会いたかった。
好きなんだ、胡桃ちゃんのこと。
真剣な目で、まっすぐ見つめる日向さん。
その瞳はもう、誰がみても疑う余地もないくらい、本気の色をしていて。
「……ごめんなさい」
「え?」
「私にはお付き合いしている人が……遥がいるので……」
「うん。業界じゃ有名な話だから、俺も知ってるよ」
「なら、どうして……」
頭を下げた胡桃がふっと顔をあげたとたん。
日向さんは、どこか吹っ切れたように明るく笑った。
「前に名前聞いたとき、この子が遥の……って思ったし、指輪してるしね、ふたり。でもね……」
それは、俺があきらめる理由にはならない。
「っ!!」