もう、キスだけじゃ足んない。



前に一度、テレビのインタビューで答えているのを見たことがある。


日向さんは、ほしいと思ったものは絶対手に入れる主義だって。


演技も、シンガーソングライターとしての実績も、人気も。


『優しそうとか、穏やかそうとか、結構いろんな人に言われるんですけど、本当はめちゃくちゃ負けず嫌いなんです』


一度ほしいと思ったものは、手に入れるまで努力を惜しまないって。


「俺も、こんなに1人の女の子を好きだって思ったの初めてで、どうしても気持ち伝えたくて。それでドラマのヒロイン役にって、監督に無理言って話通してもらったんだ」


「……」


「胡桃ちゃん」


「はい……」


「私情を仕事に持ち込むなって話だけど、撮影の間だけは俺も1人の男として見てほしい。だめかな……?」


「それ、は……」


「だめに決まってます」


「遥……」


揺らぐ瞳をそっと俺に向けた胡桃。

日向さんは憧れの先輩だし、尊敬してる。

でも……。


「好きな子困らせてまで、意識してほしいって正気ですか」


こんなやり方。

いくら好きだからって、こんな、胡桃を困らせるようなやり方は許せない。


「申し訳ないですけど、お断りしま……」

「わかりました」


!?


「胡桃っ!?」


俺の言葉を遮るように、ふっと顔をあげてまっすぐ日向さんを見た胡桃。

その目は決意を固めた、もう迷いはないって感じで……。


「おい、胡……」

『遥』


っ!!


『聞いて』


「それは、ヒロインを引き受けてくれるってことでいいのかな」

「はい」


『私のこと、信じて』


っ……!

俺のほうは見ないまま、心の声で言われた強い口調。

そっと横を見たけど、変わらずその目はまっすぐ日向さんに向けられていて。


「遥くん」


「……んだよ」


「君の気持ちは十分にわかる。
大事な彼女、とられたくないもんね」


重苦しい空気の中で、1人ずっとニヤニヤ笑っていた監督の男。

こいつほんとに正気の沙汰じゃない。
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