もう、キスだけじゃ足んない。
***


それから撮影当日。


舞台は、お嬢様と執事がいる屋敷って設定だから、よくドラマのロケ地として使われる、ヨーロッパ風の豪邸にやってきた。


今は撮影前のメイク中。

一足先にメイクやら着替えが終わった俺は、清見に詰め寄っていた。


「おっ、おかえり遥。
さすがスーツまでめちゃくちゃ似合う……」


「聞いてねーけど」


「え。なんで唐突に怒られてんの、俺」


「いいから、答えろ」


「ハイハイ。で、なにをだよ」


「セリフないって言ってなかったか、あの監督」


「奇遇だな遥。俺も今それを思っていたところだ」


「ならどうにかしてくんない?」


「ただのマネージャーの俺に、どうにかできると思ってんの?」


早生「お嬢様」


胡桃「はい……」


早生「私はお嬢様のことが、ずっと、ずっと好きでした」


胡桃「はい……私、も」


早生「私も?」


胡桃「あなたのことがずっと……好き、だったの」


早生「お嬢様……っ」


ベッドの上でお嬢様を抱きしめ、そっと体を離す執事。


早生「私と、付き合っていただけますか」


胡桃「喜んで……」


そして曲のイントロが始まることになったらしい。

朝来てみれば、現場スタッフからセリフありのシーンが増えたって聞いて。


完全に演技だろ。

つか、なんで初っ端からベッドに押し倒してんだよ。

どんな設定?ストーリー?


ふだんどんだけお嬢様のことそういう目で見てんだよ。

飢えた獣か、盛った犬か。


つか、演技とはいえ、彼女が他の男に「好き」。

まじで殺ってこようかな、あの監督。


「なに考えてるか筒抜けなんだけどさ、おまえそんな口悪かったっけ?」


「俺は元々こうだっつの」


胡桃の前では出さない……というか、出ないけど。

幸せすぎて。


「ま、中学のときに比べればましか」


ほんとにな。
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