もう、キスだけじゃ足んない。

日向さんの言う通り。

撮影前、河内さんも気にしてた。


『いくらMVとはいえ、泣いてわめいてでも他の男とそんなこと許さない!とかなんとか言って、あのエロオヤジ業界から追放するくらいまでやりそうなのに』って。


最初はそうでもしようかと思った。

事務所で監督から話を聞いたあの瞬間までは。


でもあのとき。


『遥』『聞いて』


日向さんと話す傍ら、胡桃は心の声で俺に言った。


『遥もわかってるでしょ?一回決まった仕事を覆すのは難しいって。だから引き受けるしかない』


それは、そうだけど……。

けど胡桃が他の男とMVなんて、死んでも嫌だ。

ましてや胡桃は一般人。

彼氏の俺が、それを黙って見てるだけなんてできないことは、胡桃が一番分かって……。


『いくら他の人とそんなことしたって、私の気持ちは変わらない。変わるわけない』

っ!!

『遥のこと、むしろもっと好きになって改めて実感すると思う。ああ、私には遥しか考えられないって』

胡桃……。


『どれだけかっこいい人が私に告白してくれたって、演技とはいえ、恋人みたいなことしたって、私は絶対に遥以外の男の人を好きになることなんかない。今もこの先も遥しか見えない』


『だから……私のこと、信じて』


「それだけ?」

「それだけですけど?」


彼女に信じてって言われたから、信じる。

彼氏としてあたりまえだろ。


そう考えたとき、むしろ引き受けたほうがいいかもしれないと思った。

これはむしろ好都合かもしれないって。

日向さんが、胡桃をあきらめてくれるチャンス。


胡桃がいかに他の男を眼中にないか。

どれだけ俺のことを好きで、どれだけ信頼してくれてるか。

それを思い知ればいい。

ただでさえ10年以上幼なじみってブランクがあるんだ。

まだ知り合って数日しか経たないあなたと俺を比べないでほしい。


そもそも胡桃は俺しか知らない。

胡桃の中での男はこの世界で俺、ただ1人で。


好きになったのも、付き合って、ふれて、ふれられたのも、ぜんぶ俺だけ。

だから、いくらイケメン日向さんとそういうことをしようとも、胡桃の中はぜんぶ俺だけのまま。
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