もう、キスだけじゃ足んない。


「だから現場でもあんな澄ました顔して俺たちの演技見てたんだ」

「俺たちって言うの、やめてもらえます?胡桃とセット扱いされると付き合ってるっぽく聞こえるんで」


うわ……言うんじゃなかった。

自分で言っておきながら、めちゃくちゃ最悪な気分。


「おまえの頭ん中どうなってんの。
ていうか、そのすっげえ自信。
どこからくるのそれは」


「ぜんぶ彼女からですけど?」


「一瞬でも俺に傾くとは思わなかったの?」


「思いませんね。1ミリも。
彼女のこと信じてますし」


大好きだし、愛しているから。


「それ以上も以下もありません」


他の言葉なんか必要ない。

それに胡桃の心の声が聞こえるようになってからは尚更。

いかに俺を好きでいてくれてるか、十分わかっているから。


「けどだーいすきな彼女、告白してきた俺とそういうことするの、いやじゃなかったの」


「もちろん嫌でしたよ。
それはもう、正直監督と日向さんをこ……いえ、なんでもないです」


「今とんでもないこと言おうとした?」


「気のせいじゃないですか?」


「ほんと、おまえってやつは……」


「まあ、こうなることは予想してましたし、万が一ハグ以上のことをしたとしても」


俺で十分に上書きすればいいだけですから。


「おまえの場合、そんな必要もないことくらい、わかってただろ」


「そうですね」


けど胡桃の場合は無意識。

無意識で日向さんに俺を重ねるんだから、我が彼女ながら最高すぎて、泣きそうになった。

もうどれだけ俺のこと好きなのって感じ。

俺もめちゃくちゃ好き、大好きだけど。


『胡桃。俺と約束して』

『約束?』

『一瞬でも俺のこと忘れないで』

『え?』

『撮影中も、日向さんとそういうシーンでも。
いつも俺のこと考えてて』


なんて念を押しておいたけど。

まったく必要なかった。


もしそんなこと言わなかったとしても、胡桃はたぶん……。


「ほんとさ、この俺を前にしても俺を通して、他の男を見ている女の子なんて胡桃ちゃんが初めてだよ」

「そうですか」


「興味なさそー」


ねーよ。

あなたの女事情なんて、心底どうでもいい。


「もうとにかく一瞬でも俺を見てほしいって考えてたらNG出しちゃうし、うまいように演技できなくなって」


「それで、俺に執事役をやれと?」


「そうだね」


まあでも。

君たちの仲を邪魔したおわびと。

やっぱり本当にお互いを想いあっているふたりがするほうが、よりいいものが撮れると思うから。
< 223 / 323 >

この作品をシェア

pagetop