もう、キスだけじゃ足んない。
「だから現場でもあんな澄ました顔して俺たちの演技見てたんだ」
「俺たちって言うの、やめてもらえます?胡桃とセット扱いされると付き合ってるっぽく聞こえるんで」
うわ……言うんじゃなかった。
自分で言っておきながら、めちゃくちゃ最悪な気分。
「おまえの頭ん中どうなってんの。
ていうか、そのすっげえ自信。
どこからくるのそれは」
「ぜんぶ彼女からですけど?」
「一瞬でも俺に傾くとは思わなかったの?」
「思いませんね。1ミリも。
彼女のこと信じてますし」
大好きだし、愛しているから。
「それ以上も以下もありません」
他の言葉なんか必要ない。
それに胡桃の心の声が聞こえるようになってからは尚更。
いかに俺を好きでいてくれてるか、十分わかっているから。
「けどだーいすきな彼女、告白してきた俺とそういうことするの、いやじゃなかったの」
「もちろん嫌でしたよ。
それはもう、正直監督と日向さんをこ……いえ、なんでもないです」
「今とんでもないこと言おうとした?」
「気のせいじゃないですか?」
「ほんと、おまえってやつは……」
「まあ、こうなることは予想してましたし、万が一ハグ以上のことをしたとしても」
俺で十分に上書きすればいいだけですから。
「おまえの場合、そんな必要もないことくらい、わかってただろ」
「そうですね」
けど胡桃の場合は無意識。
無意識で日向さんに俺を重ねるんだから、我が彼女ながら最高すぎて、泣きそうになった。
もうどれだけ俺のこと好きなのって感じ。
俺もめちゃくちゃ好き、大好きだけど。
『胡桃。俺と約束して』
『約束?』
『一瞬でも俺のこと忘れないで』
『え?』
『撮影中も、日向さんとそういうシーンでも。
いつも俺のこと考えてて』
なんて念を押しておいたけど。
まったく必要なかった。
もしそんなこと言わなかったとしても、胡桃はたぶん……。
「ほんとさ、この俺を前にしても俺を通して、他の男を見ている女の子なんて胡桃ちゃんが初めてだよ」
「そうですか」
「興味なさそー」
ねーよ。
あなたの女事情なんて、心底どうでもいい。
「もうとにかく一瞬でも俺を見てほしいって考えてたらNG出しちゃうし、うまいように演技できなくなって」
「それで、俺に執事役をやれと?」
「そうだね」
まあでも。
君たちの仲を邪魔したおわびと。
やっぱり本当にお互いを想いあっているふたりがするほうが、よりいいものが撮れると思うから。